チュニジアの青年を悼む詩
チュニジアの自殺した若者を悼んだ詩をの朗読を聞いた。アラビア語でないとダメだから、ということで朗読はアラビア語で、後から英語訳をしてくれた。
チュニジアの詩人 モハメッド・スガイル・アワッド・アハマッドの詩。タイトルは 「Brtterfly」
as you stared into the ashes,
you saw me.
black, like your shining shoes.
I cannot bear to stare at you
I am Tunisia, my brother.
Burnt
I have no hair.
I have no eyes.
I have no ears.
I have no lips.
and as you can see, I may not return to life.
and I may return,
Frank, like a rooster's crow.
Don't give me a pen.
my fingers ascended to the sky with the awesome fire.
Can you smell the burning flesh?
I am Middle Tunisia.
I live off contentment and rain.
I am Greater Tunisia.
A destiny.
I am the Other Tunisia.
From my ashes, I crate.
私の勝手な訳 「蝶」
灰の中をのぞきこんでくれたので、あなたは、私を見つけてくれた。
黒、あなたのぴかぴかした靴の色のような私。
私は、見つめかえすことはできません。
きょうだいよ。 私は、チュニジアです。
今、燃えつきようとしています。
私は、もう髪がありません。私は、目もありません。私は、耳もありません。唇もがありません。ごらんの通り、私は生き返らないでしょう。
でも、私は戻れるのかもしれません。
実際のところ、あとはオスのカラスが好きなようにするのかもしれません。
どうかもう私にペンを渡さないでください。。
だって私の指は、ものすごい火で空にのぼってしまったのです。
燃えている肉のにおいをかぐことができるでしょう?
きょうだいよ、私は、チュニジアです。
私は、雨を受け満足に満ちて生きています。
私は、より偉大なチュニジアです。
運命でしょうか。
私はそれでも、チュニジアです。私の灰の中から、創り出されるものです。
「家族と死者祭祀」比較家族史学会監修 早稲田大学出版会。 赤堀雅幸先生の「死をめぐるイスラームの儀礼」だけを読んだ。
モロッコ人。フランス在住の作家 タハール・ベン・ジェルーンのメッセージ。ベン・ジェルーンは「砂の子供」を書いた人。
年末からずうっと読み続けていた本。元日に読了。
この本に出会えてよかったなあという読後感を残したまま年を越せたというのは、ひょっとしたらとても幸せなことかもしれない。
片方は朝日新聞の川上氏、片方は東京新聞の田原氏、それぞれがご覧になったエジプト革命。条件は違う。川上氏はエジプト特派員としてアレキサンドリアに暮らし、カイロは勿論数時間で行くことができる。田原氏はまだ40代てアラブ体験年齢も違うし、革命後2週間後に日本からカイロに向かう。
原題は「Mirage」蜃気楼。1878年5万の兵隊と151人の学術隊がエジプトに上陸。アレキサンドリアからカイロへの移動は、7月の酷暑。砂漠の恐ろしさも知らず、水もろくに用意せず出発したことで、その途上で数100人の兵隊がが亡くなったという。崩れ落ちるようにして動けなくなる兵隊がいる一方で、学者は目の前に現れては消えてゆく蜃気楼の不思議さに魅せられ、科学的な解明をしようと決意する。
夜明けの風景を見たくて、ヒロシは一人で暗い村を歩くのだそうだ。一緒に行ったことがないので、想像するしかないのだけれど、湿っていて、寒いのだそうだ。それでも太陽が上がってくるといっぺんに温かくなって、やがて屋根や壁が金色にそまるのだそうだ。








ボーヌの街を歩いた後の2泊目のディナー。




ボーヌのオテル・デューは元は病院だったそうですが、屋根が色がわらできれいでした。しかし、外から見ると普通の建物で、きれいな屋根を目当てに探していたので、目の前にあったのに、なかなか分かりませんでした。

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